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金子 昌信

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事業推進担当者

整数論とその応用

金子 昌信(ユニットリーダー)(数理学府)
学位:理学博士(東京大学)
専門分野:整数論
ユニット:数と式

活動報告書

ハーディーはかつて自分の整数論の研究が軍事などの応用に無縁であることを誇らしげに語ったが、1970年代の終わりに、実用とは最も遠いところにあると思われていた整数論を応用した暗号が発表された。それ以来、インターネットをはじめとする情報通信の爆発的発展に伴って、整数論の情報セキュリティなどへの応用はますます広く深く研究されるようになってきた。数論的暗号の最初の例であるRSA暗号で用いられる数学は、素因数分解、オイラーの定理といった、いわゆる初等整数論の範疇に収まるものであったが、今や楕円曲線、超楕円曲線、代数的整数論など「高等整数論」の精華が駆使されている。私もヤコビ和というものを研究したことがあるが、ヤコビ和を用いた素因数分解法などと聞いて目を丸くしたものである。これらの応用研究は、数学から産業への一方通行ではなく、計算数論とでも呼ぶべき新たな分野を開きつつあり、数学へのフィードバックも行なわれているように思われる。本プログラム「マス・フォア・インダストリ」が標榜する、産業と数学の相互作用を及ぼしあいながらの融合がすでに成果をあげているひとつの例であると言えよう。

私は基本的に純粋数学としての整数論を研究してきた。数論的基本群やそこへのガロア表現の研究から始まり、楕円曲線、ベルヌーイ数、モジュラー形式、ゼータ関数などの研究へと軸足を移してきて現在に至っている。その途次に暗号研究者と共著で論文を書いたこともあるが、この仕事がどの程度評価されたのかは正直よく知らない。ただ、その論文の付録に書いた、虚数乗法論を使って佐藤-Tate予想(最近解決された)を解釈する話は面白いものと思う。その考え方は論文の中に生かされている。私の楕円曲線の研究は主に有限体上の超特異楕円曲線というものに関わるものであるが、これは暗号には適しない曲線ということで逆に暗号研究者の仕事によく現れる。私のその方面の20年前の論文が暗号研究者に引用されたこともある。ところが最近、有理数体上の楕円曲線の有理点の群がある生物の細胞分化モデルに現れることを九州大学数理学研究院のSSP学術研究員である吉田寛氏が発見した。これは今はやりの万能細胞とも関るかもしれないらしい話で、目下共同研究を進めているが、生物学への整数論の新しい応用として面白いものと思っている。

モジュラー形式ないしモジュラー関数も私にとって重要な研究対象である。これらは古典的な場合、複素上半平面上の関数である種の変換則を満たすものとして定義される。モジュラー形式やモジュラー関数のフーリエ係数にはいろいろ面白い数列が現れるが、その中の白眉ともいうべきは、楕円モジュラーj関数という関数のフーリエ係数が、位数最大の散在型有限群「モンスター」の既約表現の次数で表されるという、いわゆる「ムーンシャイン現象」である。物理学者フリーマン・ダイソンはかつて、自分のひそかな願いは、宇宙の構造の中に思いもかけない仕方でモンスターが組み込まれていることを21世紀の物理学者が発見してくれること、と書いている。私はこのj関数のフーリエ係数を、古典的な虚数乗法論に現れる量で書き表す公式を発見した。虚数乗法と宇宙の構造に何か関係があるだろうか。また最近取り組んでいるのはj関数の実二次点での「値」に意味を見出しそこに何か面白い整数論がないかを探ることである。実二次数の数論は長い歴史を持つが、ガウスの予想を始め未解決の問題も多く残り、特に虚二次の場合の虚数乗法論にあたるものを構築することは、それが可能かどうかも含め、整数論の大きな課題として残っている。私の試みは現在のところまだ意味のよく分からない現象を見出したにとどまり、海のものとも山のものとも知れないのであるが、ダイソンのようなひそかな願いは持ち続けている。

もう一つの研究としてベルヌーイ数とその一般化にまつわるもの、それと関係もする多重ゼータ値というものがある。ベルヌーイ数を一般化した多重ベルヌーイ数は数年前にアメリカの情報関係の大学院生が思いもかけない組み合わせ的な解釈を見出した。私としてはこれらの研究を、大学院生と共に興味の赴くままに進め、それが思いもかけない応用を持ったり、何かと結びついたりするなら望外の幸いである、くらいの心持でやっていけたらと思っている。

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